新型コロナウイルスの影響で旅客需要が減少し、世界の航空会社が事業計画の変更を余儀なくされています。目に見える形で影響が及ぶ1つに、2020年は航空会社の保有する航空機が早期退役する事態が起きています。海外のエアラインではエアバスA380型機やボーイング747型機など、大型機が計画より早く退役するニュースは大きな注目を集めました。
こうした中、ANAホールディングスは2020年10月、航空事業の規模を一時的に縮小する方針を発表しました。コロナ危機を乗り切るため機材数を削減し、固定費のコスト削減につなげます。当初の予定では、ANAの退役計画は7機でしたが、このタイミングでボーイング777型機22機を含む中・大型機28機の早期退役を決定。定期便の運航ラインから外れた機体の多くは、アメリカへ向かっていきます。
コロナ前は計画的に機材更新が進められていたので、普段も年に数機は退役していく光景を見ることができました。退役機が日本を去る噂を聞き、空港を離陸していく姿を感慨深く見送ることもできました。コロナ禍の現在は外出しにくい中、そうした退役機たちに感謝する1つとして、退役にまつわるさまざまなことをANAのスペシャリストの皆さんに伺いました。
<お話しいただいたみなさま>
井手祐(いで・たすく)さん:ANA 調達部 航空機チーム マネジャー
山本茂治(やまもと・しげはる)さん:ANA 調達部 航空機チーム マネジャー
大沼祐介(おおぬま・ゆうすけ)さん:全日空商事 航空・電子グループ アビエーション事業部 航空機チームマネジャー
(役職・肩書は、2021年3月時点)
■退役が決まるまで
−日本から去っていく退役機を見ると感情的になることもあります。そもそも退役はどのように決まるのでしょうか?
山本さん
ANAの航空機は、コロナ前はおよそ20年で退役していました。機体が製造されてから、機体の寿命を考慮して判断していました。航空機の場合は飛行時間や飛行回数に応じて部品交換が必要となり、それに加えて航空機自体に飛行できる最大回数が決まっていることから、それが機体の寿命となります。
大沼さん
コロナ前の5~10年の退役は、基本的には経済性寿命を重視した退役を進めていました。経年機の退役はライフサイクルや経済性と機材ニーズを総合的に判断して退役が決まっていました。いつ退役するかは比較的時間やコストのかかる重整備など、整備作業の予定を考慮し、作業が必要になる前に退役させることもあります。
山本さん
2020年度は新型コロナの影響を受けて特殊な要素が入り、導入後20年経過していない機材でも退役が決まりました。結果として、2020年度は28機が早期退役します。
−退役後の売却、解体はどのように決められているのでしょうか?
山本さん
導入時からの機体寿命を考え、その寿命に至るまで役目を全うして手放す場合と、今年度のようにコロナ禍でお客さまに搭乗いただけないと判断し、継続使用に問題がなく寿命も十分にあるものの、経営判断として手放す場合とがあります。
ライフサイクルを終えた機材は部品取りとして売却(パーツアウト売却)されます。一方、早期退役した航空機は、他の航空会社で第2の人生を送ることもあり、これを耐空性売却と言います。
■退役機の売り方
-売却先は、どのように決められるのでしょうか?
井手さん
これまで取引関係があったり、今回の売却機材の購入に興味を示している旨の連絡を頂いたりする会社に対し、売却する機材の情報をまとめた書面「リクエスト・フォー・プロポーザル(RFP)」をメールで送信します。およそ2週間の期限で、購入金額や引渡条件を提示していただきます。回答に応じていただいた複数の提案から、選考に入ります。
高い金額の提案でも、引渡条件を満たすための整備などに多額の費用がかかる場合もあります。費用、人員、時間をかけて整備することで、提案いただいた金額が結果的に割安になることもあるため、必ずしも最も高い金額を提示した売却先に決まる訳ではありません。提示された引渡条件と金額のバランスを考慮し、売却先を決めていきます。
-機体が日本を去るまで、書類上はどのような手続きをされているのでしょうか?
山本さん
先述のRFPを経て、複数社の中から1社の売却先候補が決まると、基本合意書を締結します。この後に、売却ドキュメントと呼ぶ過去の整備や検査などを記録した書類を売却先に提供します。この書類確認の期間は、1カ月くらいかかります。
耐空性売却の場合、まだ機体を飛ばす用途で売却するため、売却先が日本を訪れて、実際に機体を検査する場合もあります。パーツアウト売却の場合は、こうした検査はほとんどありません。こうした書類を含む確認を終え、売買契約書を締結し、売却先が正式に決定します。
■日本を出発するまで
-書類上の手続きから日本を去るまで、どのくらいの時間かかりますか?
山本さん
現在、コロナ禍で例外はありますが、通常は半年ほどかけて一連の作業にあたっています。売却先の選定だけでなく、整備部門は記録・書類の用意、退役機材の整備対応、さらに空輸の準備と、全日空商事を含め関係部署と調整を進めていきます。
-空輸の目的地は何によって決まっているのでしょうか?
山本さん
売却先決定時、売却先との協議を経て決められています。売却先が引き取りたい場所に持っていくことが多いです。パーツアウトの場合は、アメリカ国内での航空機中古部品の市場が充実、活発です。こうした背景から、フェリーフライトの目的地にアメリカが選ばれることが多いです。売却先も市場にすぐに供給でき、再販時にメリットがあります。
11月に実施した台湾へのフェリーでは、機体は台湾桃園国際空港で解体されました。この数年の退役では珍しいフェリー先でした。この機体は、売却前に一部部品を取り外しANAで再び使用する部品などもあり、また日本とも近いという理由でフェリー先の選定条件が満たされたため、実現しました。
■送り出す前の準備
-退役フェリー前の整備はどこで実施していますか?
大沼さん
現在は、売却前の整備を羽田でのみ実施しています。このため、空輸時に出発する空港は羽田になります。過去には、フォッカー50型機やボンバルディアDHC-8-300型機は大阪国際空港というケースもありました。
-コロナ禍で退役機が増えて忙しくはありませんか?
山本さん
1機の退役の準備作業は、通常時もコロナ禍でも変わることはありません。とはいえ、書類手続き、整備など退役機の数が増えれば、作業も増えます。そういう意味では2020年度はとても忙しくなっています。1月は6機、2月も4機空輸し、過去に例をみない機数が海外に売却されています。