搭乗レビュー
2017年秋の帰国旅行4便目:70歳のタイ航空
- 口コミ投稿者
- MaplecroftInnkeeperさん
搭乗写真
総評
ミラノから早朝にバンコクに到着し、ボーっとした頭で乗り継ぎ便の矢印に従って進み、なんとか次の便のゲートまで到達しました。東京まで運んでくれる飛行機はA380。
A380といえばエミレーツですが、タイ航空も2012年からA380を飛ばしており、現在6機保有していて、香港、東京、フランクフルト、パリ、ロンドンなどに就航しています。
去年の春に初めてエミレーツのA380を体験したとき、往路では最後部、復路では最前部に座って、どちらもアッパーデッキに上る階段を下から見上げながら、いつかあそこをのぞいてみたいなと指をくわえていましたが、タイ航空のA380は、アッパーデッキにも後ろの方にエコノミー席が設けてあるので、今回、そのアッパーデッキの座席を確保しました。なので再び気持ちが高揚して、ワクワク気分で搭乗しました。
今でこそこんな大型機をバンバン飛ばしているタイ航空ですが、発足当初は細々と小さいプロペラ機、DC-6型機3機で国内便を運航していました。タイ航空は、第1次大戦前に起源を持つ欧米のエアラインと比べると新しく、第2次大戦後の1947年がその起源とされています。それまで、河川や水路が主要な交通網だったタイ王国は、戦後国内に航空網が必要だと考え、国営のエアラインを設立しました。
その後、スカンジナビア航空の力を借りて、タイ国際航空を設立し、国際線にも手を伸ばします。SASは新会社のシェアを30%保有し、国際線運航の管理の技術やノウハウ、機材などを提供しました。1960年5月1日にDC-6B型機が、香港、台北、東京に飛んだのが最初の国際線でしたが、その同じ国際線初年度にはそれらの他、クアラルンプール、シンガポール、プノンペン、サイゴン、ビルマのラングーン、インドのカルカッタなどアジア内9か所に就航しています。1964年には大阪にも就航しているし、タイ航空は日本とも特別なつながりがあるんですね。
SASが協力したというのは意外な感じですが、SASは小さなエアライン3社が合併して1946年に結成されてから、ドンドンと積極的にネットワークを広げ、同じ1946年にニューヨーク便、1949年には極東で初めてバンコクに就航しています。そして1952年にはバンコク便がさらに東京まで延長されたり、さらに1957年には逆にコペンハーゲンーアンカレッジー東京の北極回りルートが就航して、初めて世界一周ルートを確立するなど、すごい勢いで成長したエアラインです。早くから就航したバンコクを拠点に、香港やシンガポールなど東南アジア方面にもネットワークを広げるチャンスを期待したものうなずけますし、タイ航空としても、早くからバンコクに就航していて馴染みがあり、50年代にすごい勢いで国際線ネットワークを拡大したSASに期待を持ったのもうなずけます。
タイ国際航空はその後、1971年にDC8-33型機を導入して、初めて長距離便としてオーストラリアのシドニーに就航し、その翌年には同じ機材でコペンハーゲンに就航しました。さらにフランクフルト、ロンドン、パリなど、欧州各地にどんどんと就航します。1977年には、SASが持っていたシェアを全部買い戻して、完全にタイの国営エアラインとなります。70年代の終わり頃には、DC10やA300といったワイドボディの機材を導入し、1979年には最初のジャンボB747-200を2機購入し、北米路線も、1981年に東京経由のシアトル便が就航しました。1988年には、国内線のタイ航空と、国際線のタイ国際航空が合併して一つのエアラインとなります。1997年に結成されたスターアライアンスの創設メンバー5社の中に、SASとタイ国際航空が一緒に入っているのも興味深いですね。スマイルの国としても知られるタイのフレンドリーで丁寧なサービスも、世界の舞台で急成長する要因の一つだったのでしょう。
しかし世界のトップレベルに成長したタイ航空も、バラ色の現在では決してないようですね。タイ航空はここ数年、営業赤字が続いています。タイ航空のフリートはほとんどがワイドボディ機ですが、エアバスもボーイングも、A350のような新鋭機から、A380のような超大型機、さらにB747のような古い機材まで数多くの種類を抱え込んでいて、非効率だという批判もありますね。
また今年の2月に60歳を迎えたCEOが定年退職しましたが、その後任探しが去年の9月から続いていて、なかなか候補者を見つけられないでいます。というのも、国営のタイ航空のCEOは、まずタイ国籍であること、大企業、国営企業、または政府機関で副社長と同等かそれ以上の経験を有することというような条件があり、候補者を選考する理事会は、元国の役人や軍人などの頭の固い連中が牛耳っているので、柔軟性がないというような批判もあります。お隣のライバル、マレーシア航空は、経営を立て直すために航空業界で経験のある外国人のCEOを迎えていますが、そういうことはタイでは絶対にできないのです。
そんなことを考えると、なんだか暗くなってしまいますが、タイはこの11月に新しくオーストリアに就航するなど、ネットワークの拡大も進めていて、世界各地からこの明るいスマイルの国に訪れる観光客が増えているせいなのだろうと思いますけど、そのタイの顔としてこれからも頑張ってほしいですね。
アッパーデッキのほうは、シートマップを見たところでは、しばらく前から隣が埋まっていたので覚悟していましたが、幸い10人もいないガラガラ状態で、隣も空席で、CAさんも手持ちぶさたな様子でした。なので、とても静かで平和なフライトになりました。東京近づくと、遠くの方に富士山が見えました。ああ、やっと日本に帰ってきたなと実感した瞬間でした。
A380といえばエミレーツですが、タイ航空も2012年からA380を飛ばしており、現在6機保有していて、香港、東京、フランクフルト、パリ、ロンドンなどに就航しています。
去年の春に初めてエミレーツのA380を体験したとき、往路では最後部、復路では最前部に座って、どちらもアッパーデッキに上る階段を下から見上げながら、いつかあそこをのぞいてみたいなと指をくわえていましたが、タイ航空のA380は、アッパーデッキにも後ろの方にエコノミー席が設けてあるので、今回、そのアッパーデッキの座席を確保しました。なので再び気持ちが高揚して、ワクワク気分で搭乗しました。
今でこそこんな大型機をバンバン飛ばしているタイ航空ですが、発足当初は細々と小さいプロペラ機、DC-6型機3機で国内便を運航していました。タイ航空は、第1次大戦前に起源を持つ欧米のエアラインと比べると新しく、第2次大戦後の1947年がその起源とされています。それまで、河川や水路が主要な交通網だったタイ王国は、戦後国内に航空網が必要だと考え、国営のエアラインを設立しました。
その後、スカンジナビア航空の力を借りて、タイ国際航空を設立し、国際線にも手を伸ばします。SASは新会社のシェアを30%保有し、国際線運航の管理の技術やノウハウ、機材などを提供しました。1960年5月1日にDC-6B型機が、香港、台北、東京に飛んだのが最初の国際線でしたが、その同じ国際線初年度にはそれらの他、クアラルンプール、シンガポール、プノンペン、サイゴン、ビルマのラングーン、インドのカルカッタなどアジア内9か所に就航しています。1964年には大阪にも就航しているし、タイ航空は日本とも特別なつながりがあるんですね。
SASが協力したというのは意外な感じですが、SASは小さなエアライン3社が合併して1946年に結成されてから、ドンドンと積極的にネットワークを広げ、同じ1946年にニューヨーク便、1949年には極東で初めてバンコクに就航しています。そして1952年にはバンコク便がさらに東京まで延長されたり、さらに1957年には逆にコペンハーゲンーアンカレッジー東京の北極回りルートが就航して、初めて世界一周ルートを確立するなど、すごい勢いで成長したエアラインです。早くから就航したバンコクを拠点に、香港やシンガポールなど東南アジア方面にもネットワークを広げるチャンスを期待したものうなずけますし、タイ航空としても、早くからバンコクに就航していて馴染みがあり、50年代にすごい勢いで国際線ネットワークを拡大したSASに期待を持ったのもうなずけます。
タイ国際航空はその後、1971年にDC8-33型機を導入して、初めて長距離便としてオーストラリアのシドニーに就航し、その翌年には同じ機材でコペンハーゲンに就航しました。さらにフランクフルト、ロンドン、パリなど、欧州各地にどんどんと就航します。1977年には、SASが持っていたシェアを全部買い戻して、完全にタイの国営エアラインとなります。70年代の終わり頃には、DC10やA300といったワイドボディの機材を導入し、1979年には最初のジャンボB747-200を2機購入し、北米路線も、1981年に東京経由のシアトル便が就航しました。1988年には、国内線のタイ航空と、国際線のタイ国際航空が合併して一つのエアラインとなります。1997年に結成されたスターアライアンスの創設メンバー5社の中に、SASとタイ国際航空が一緒に入っているのも興味深いですね。スマイルの国としても知られるタイのフレンドリーで丁寧なサービスも、世界の舞台で急成長する要因の一つだったのでしょう。
しかし世界のトップレベルに成長したタイ航空も、バラ色の現在では決してないようですね。タイ航空はここ数年、営業赤字が続いています。タイ航空のフリートはほとんどがワイドボディ機ですが、エアバスもボーイングも、A350のような新鋭機から、A380のような超大型機、さらにB747のような古い機材まで数多くの種類を抱え込んでいて、非効率だという批判もありますね。
また今年の2月に60歳を迎えたCEOが定年退職しましたが、その後任探しが去年の9月から続いていて、なかなか候補者を見つけられないでいます。というのも、国営のタイ航空のCEOは、まずタイ国籍であること、大企業、国営企業、または政府機関で副社長と同等かそれ以上の経験を有することというような条件があり、候補者を選考する理事会は、元国の役人や軍人などの頭の固い連中が牛耳っているので、柔軟性がないというような批判もあります。お隣のライバル、マレーシア航空は、経営を立て直すために航空業界で経験のある外国人のCEOを迎えていますが、そういうことはタイでは絶対にできないのです。
そんなことを考えると、なんだか暗くなってしまいますが、タイはこの11月に新しくオーストリアに就航するなど、ネットワークの拡大も進めていて、世界各地からこの明るいスマイルの国に訪れる観光客が増えているせいなのだろうと思いますけど、そのタイの顔としてこれからも頑張ってほしいですね。
アッパーデッキのほうは、シートマップを見たところでは、しばらく前から隣が埋まっていたので覚悟していましたが、幸い10人もいないガラガラ状態で、隣も空席で、CAさんも手持ちぶさたな様子でした。なので、とても静かで平和なフライトになりました。東京近づくと、遠くの方に富士山が見えました。ああ、やっと日本に帰ってきたなと実感した瞬間でした。
フライトログ
搭乗の詳細データです。
- 座席番号
- 81A
- 搭乗クラス
- エコノミー
- 区間マイル
- 2,890
- 出発予定時刻
- 8:00
- 到着予定時刻
- 15:50
- 予定飛行時間
- 5:50
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