航空自衛隊のアクロバット飛行隊「ブルーインパルス」による展示飛行が全国各地で毎週のように行われ、この後もさまざまな場所での実施が予定されています。6月末に行われた「かわさき飛翔祭」では、川崎市だけでなく東京の渋谷や新宿上空も飛行ルートに含まれていたことで、数年ぶりに都心上空でブルーインパルスが飛行。図らずもブルーインパルスが飛ぶ姿を目にした人も多いのではないでしょうか。
一方で、この「かわさき飛翔祭」におけるブルーインパルスの飛行について、ややあと味の悪い事案が発生していました。展示飛行を空撮していた報道ヘリコプターが、ブルーインパルスが飛ぶエリアに接近した影響で、ブルーインパルスは飛行中断をやむなくされ、演目の一部が変更になったのです。これに対して報道ヘリ側に批判が集まり、SNS上で炎上状態となりました。
こうした事象はなぜ発生してしまうのでしょうか?
日本や海外の航空祭・エアショーでデモ飛行を披露している、競技曲技飛行チーム「ウィスキーパパ」のオーナーパイロット内海昌浩さんにお話を伺いました。
NOTAMは規制ではなく「お知らせ」エリア、空に境界線はない
ー 今回の展示飛行で、報道ヘリが接近しバッシングを受けたという一連の流れについて、まず最初に何を感じましたか?
災害救助の現場や大規模災害の際に、報道ヘリが救難機などの障害になることは過去に何度か問題になりました。その後大規模災害などではそれなりに規制、自制されるようになっていると思います。しかしながら今回のような展示飛行は、性格の違う飛行です。演目変更という、ブルーインパルス側の判断は仕方のない当然のものだと思いました。
報道ヘリに対するバッシングは、「ヘリが居なければ演目変更がなかったはずなのに!」という観客の怒りと、これまでのマスコミ報道のやり方に対する反感からだと思いますが、報道ヘリが“悪者”のようなバッシングは残念でした。特に操縦士の方は、違法行為をしたわけでも展示飛行を邪魔したかったわけでもないのでおつらいと思います。
ー 報道ヘリの飛行した空域がブルーインパルスの申請していたNOTAMエリアにギリギリまで接近していたようです。違法ではないにしろ、こうした飛行を行うことについてはどうでしょうか?
NOTAMとは「Notice To Air Mission」、航空情報機関が発する航空機の運航に必要な情報の一種です。その名の通り、Noticeつまり「通知」であり、NOTAM自体には制限や規制の意味はありません。飛行を制限する「Temporary Flight Restriction」のようなNOTAMが発出されることもありますが、今回のブルーインパルスの飛行に関するNOTAMは「この時間にこの空域でブルーインパルスが飛んでいます」というお知らせです。運航者はNOTAMの申請に際し、自身が逸脱しない十分な時間・空間的余裕を持って申請しますので、報道ヘリは「NOTAMの空域のギリギリに留まるなら危険はない」と考えたのでしょう。
ー 展示飛行を行う際、通常どういった時に飛行を中断するのでしょうか?
展示飛行は「安全だと思えない時」に中断します。そのため(今回のケースに関しては)危険だったわけではないと思います。空に境界線はなく、展示飛行中にNOTAMの線が見えるわけではありませんので、展示飛行中断の判断にNOTAMのエリアは関係ありません。
ー 今回ブルーインパルスが演目を中止した理由はどこだと考えますか?
ヘリは時速200km近くで飛んでいますが、ブルーインパルスの展示飛行に関するNOTAMを知らずに展示飛行の経路に飛び込んでくる可能性もありますし、ヘリがNOTAMエリアの外にいるのか中にいるのかを空中から目視で判断することは困難です。
展示飛行中に比較的近くを飛ぶ航空機を見つけた場合、その航空機の針路と意図を考えます。それが目的地に向かう旅客機なら、経路が予測できるため接近する可能性は低いと判断して展示飛行を継続します。経路が不明で接近する可能性がある航空機なら「(その機体が)安全な針路と離隔になるまで中断しよう」と判断します。また、自衛隊の航空機は非常に慎重な事故防止のための安全基準を設けて飛行しているので、報道ヘリの位置と針路がブルーインパルスが設定した安全基準を超えると判断した可能性があります。
また、編隊飛行中は機動の自由度が制限されます。近距離を飛行する未来針路不明の航空機を見た時、安全だと確証がなければ中断して安全を確認するのです。そして安全を確認した上で、展示飛行を再開したということだと思います。
空自とメディアが事前打ち合わせでもっとよい画がとれたはず!
ー 今回のように展示飛行を行う際、報道ヘリと展示飛行機で飛行ルールは統一されていないのでしょうか?
飛行ルールは統一されています。報道ヘリはNOTAMで告示された展示飛行空域の外を飛行しており危険はありませんでした。ブルーインパルスは申請した展示空域の中で安全に展示飛行を実施しており危険はありませんでした。
ー 報道ヘリはルールに従ってNOTAMエリア外で取材していましたが、結果的に演目が中断されました。展示飛行を成功させる上では、展示飛行側と報道ヘリ側で認識にズレがあるように感じてしまいます。
ほぼすべての航空機操縦士が、ほかの航空機のミッションに配慮して飛びます。そのため、進入制限のないNOTAMの空域であっても、当該機のミッションに支障がないように、必要がなければNOTAMのエリアを避けて飛行します。これは報道ヘリのパイロットも同じだったと思います。
一方で、展示飛行をする側から見て「安全ではない」と感じる位置関係は、双方の距離、速度、針路、機動の自由度、そして相手の飛行計画や経路を把握しているかどうかで大きく変化します。恐らく報道ヘリは「NOTAMの空域で飛ぶのだから進入しなければ展示飛行に影響はない」と思っていたのだと思います。それは認識に誤りがあったと思います。
ー 「もっと広くNOTAMを出すべき」という意見もあったようですが、どうお考えでしょうか?
そういった意見もあるかもしれませんが、相手が意図不明な航空機の場合、速度や針路によってはかなり離れていても結局「安全ではない」と感じて中断することはあろうかと思います。また、NOTAMが出される展示飛行空域は他の航空交通への影響が最小になるよう、できるだけ正確に最小限で申請するのが基本だと私は考えています。
ー 展示飛行を行う側として「こうなったらいいな」という改善案はありますか?
今回の件でブルーインパルスの撮影目的の飛行であれば、事前に航空自衛隊と調整して報道ヘリが飛行すれば良かったと思います。ブルーインパルスから見た当該機が安全に影響しないと判断できれば展示飛行は続行され、報道ヘリも安全に撮影できたのではないでしょうか。近くを飛ぶ航空機が何処をどのように飛ぶのか分かっていたら至近距離でも気になりません。だから編隊を組んで曲技飛行が出来るのです。編隊を組めるほど情報共有しなくても、「この機体はこの高度でこの経路を飛ぶ。XXXXより北側には出ない」のような調整と情報共有が出来れば今回のようなことは起こらなかったかもしれません。
また、安心して展示飛行を行えるという意味では展示飛行NOTAMの外側3マイルくらいでTFR(Temporary Flight Restriction)を出してもよいと思います。時間と範囲を厳密に設定すれば他の航空交通への影響は現在とさほど変わりなく、より安全に安心してブルーインパルスの展示飛行が出来るのではないかと思います。
もう少し視野を広げた提案としては、大きなエアショーと同様に展示空域周辺を統括するエアボスがいたらいいなと思います。米国では、エアショーの際にエアショー中の空域内を専用周波数で管制するエアボスがいて、飛行展示中は空域が守られているので演技者は展示飛行に集中して飛べます。エアボスに「The box is yours!」と言われたら、エアボスから指示が無い限り、周りのことは気にせず演技に集中します。忙しい空域では、演技中も管制周波数では接近機を誘導したり待機させたりしていますが、演技者は別の周波数にいるので煩わせられることなく飛べるのです。
「高度が高いとスモークが残る」いつか雲ひとつない東京の空に桜やスタークロスを
ー 最後に、今回のブルーインパルスの展示飛行について、曲技飛行パイロットならではのマニアックな視点で感想をお願いします
高く飛べば地上の広い範囲からスモークが見えます。そして高度が高いと空気塊が安定していてスモークが長く残ります。
ブルーインパルスにはいつか、雲ひとつない青空の日に、東京全域から見えるような「桜」や「スタークロス」を描いて欲しいです。
以上、競技曲技飛行チームを率いる内海さんに一連の騒動に対するご意見をお伺いしました。ありがとうございました。
▪️内海昌浩(ウイスキーパパ競技曲技飛行チームTeam Owner & Pilot)
1971年生まれ。幼少期、近所の元零戦パイロットとの交流から零戦パイロットへの憧れを抱く。その後、日本で勤務しながら週末や休暇を全て利用し、10年以上アメリカで操縦訓練等を受ける。実績を積んだ後ウイスキーパパを結成。2008年と2012年に曲技飛行競技世界選手権と二度の世界選手権に日本代表として参加。「給料を全て飛行機につぎ込んだ」と笑い、「自分みたいな飛行機バカを増やす!」ために、全国で展示飛行を行っている。