戦後初の国産ジェット、名機「富士T-1 初鷹」宇都宮で初飛行

戦後初の国産ジェット、名機「富士T-1 初鷹」宇都宮で初飛行

ニュース画像 1枚目:低空飛行するT-1 (apphgさん 2005年10月9日撮影)
低空飛行するT-1 (apphgさん 2005年10月9日撮影)

戦後初の国産ジェット機として富士重工(現:SUBARU)製造の「富士T-1 初鷹」が64年前の1958年1月、宇都宮飛行場で初飛行しました。かつての中島飛行機、現在の陸上自衛隊北宇都宮駐屯地の飛行場で実現しました。中島飛行機は、終戦直前に日本初の国産ジェット機「橘花」を手がけ飛行に成功。その後、GHQによる航空産業の禁止措置が続き、1956年の全面解除を受け、日本の航空産業が再び盛り上がる中で登場した新たな国産ジェット機でした。

ニュース画像 1枚目:国産ジェット機として「名機」と言えるT-1 (A-330さん 1996年10月1日撮影)
国産ジェット機として「名機」と言えるT-1 (A-330さん 1996年10月1日撮影)

初飛行した宇都宮飛行場は、戦後に解体された中島飛行機のDNAが残る富士重工が所在し、T-1製造に至りました。当時の防衛庁の要請を受け、富士重工の社内は1年7カ月の「納期を死守せよ」と取り組んだものの、国産ジェットエンジン開発は間に合いませんでした。初飛行した試作機「82-5801」には、イギリスのブリストル社製ジェットエンジンを搭載。その後、エンジンも国産のT-1Bが1960年に飛行しました。

ニュース画像 2枚目:ブルーインパルスを思い浮かべる航空自衛隊50周年記念塗装、第5術科学校のT-1B (F-4さん 2004年10月24日撮影)
ブルーインパルスを思い浮かべる航空自衛隊50周年記念塗装、第5術科学校のT-1B (F-4さん 2004年10月24日撮影)

「富士T-1」は、日本初の国産ジェット練習機として1958年の試作飛行から1963年までに計66機が生産されました。後継機の川崎T-4練習機は、1996年からT-1を更新していきました。納期を守ろうと短期間に開発されたものの、2006年に全機が退役するまで大きな事故の発生もなく、練習機として多くのパイロットを安全に養成した点でもT-1は「名機」と言えるでしょう。

ニュース画像 3枚目:退役記念ラストフライト (さっしんさん 2006年3月3日撮影)
退役記念ラストフライト (さっしんさん 2006年3月3日撮影)

このT-1について、現在あいち航空ミュージアムで開催中の特別企画展「日本の飛行機づくりと富士T-1初鷹(はつたか)」でより詳しく知ることができます。会期は2022年3月14日(月)まで。日本の飛行機開発史やT-1のエピソードなどが紹介されているパネル展示、小牧基地に地上展示されている練習機「富士T-1初鷹866号機」も見学できます。

さらに製造した富士重工を感じながら、T-1を見学できる場所が行田市の「埼玉スバルさきたまガーデン」です。実際に飛行していたT-1に搭載された国産エンジンを含め、様々な資料が見学できます。コロナ禍でジェット機見学が中止されていますが、落ち着いたら、訪れてみたい施設です。

■富士重工 T-1各種データ
<初飛行>
 1958年1月19日:宇都宮飛行場で試作機「82-5801」
<導入〜退役>
 1959年:第13飛行教育団で訓練開始
 1960年8月:13教育団・第1飛行教育隊が宇都宮から岐阜へ移動、飛行訓練
 1960年9月30日:量産初号機の納入式
 1962年9月:芦屋基地へ移動
 1963年:計66機製造(T-1A:46機、T-1B:20機)
 2006年3月3日:小牧基地で全機退役
<後継機>T-4

ニュース画像 4枚目:ラストフライトした2006年3月のT-1B (なごやんさん 2006年3月3日撮影)
ラストフライトした2006年3月のT-1B (なごやんさん 2006年3月3日撮影)
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